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明けましておめでとうございます。
今年は2003年。私が日本を初めて出てから30年になります。
はっきり言うと今年の7月13日で丁度30年目になるのです。
なんだか、つい2年くらい前だったような気もします。
この30年、いろんな国に住んで、いろんな事があり、いろんな出会いがありました。でも、長かった−、という気は本当にしません。
最初の12年ほどは大変でしたが、それでも今になると楽しい事しか思い出しません。上手い具合に出来ています。
そして今の主人と出会ってからは、本当に新しい人生が開けたようで、沢山沢山楽しいことがありました。
そうしながらも、先ず母親を亡くし、4年前には弟が亡くなり、そして去年は父親が逝ってしまいました。
とうとう家族では私が最後に残ってしまい、これもまた一つの締めくくりだったような気もします。
人間、皆、生まれてきて、そして死んでいきますが、私が今、家族の中では最後のメンバーになってしまったという事実に、私は「なにをする為に生まれてきたのか・・」、という疑問にフェイスとフェイスで立ち会わなければいけない年になったのだなあ、とつくづく思わされます。
と言っても、私にどうして人間生まれてくるのか、なんて哲学が分かるはずもありません。
それで、いつもの事ですが、今置かれている状態に満足し、毎日を最高に楽しく過ごそうと今年も新たに思ったのです。
家の掃除、洗濯、料理、仕事、等など、小さな事でもそれに一生懸命になれば、けっして時間を無駄にしたなんて思わないでしょう。そうしてこの毎日満足の続きが、私の残った人生を楽しいものにしてくれると信じています。
と言う事で、「2002年Silvestro」(年末)は、私と主人は友達数人、計10人ほどでペッチョリの町に繰り出しました。
先ずは「Cenone・遅い夕食」です。
アンテイパスト2種、プリモ2種、セコンド2種、それにサラダとポテトが出、その後ケーキ。コーヒーを飲みながらぺちゃくちゃとお喋りをし、周りのテーブルにいるまったく知らない人達と冗談を言い合っていると、そろそろ夜中の12時です。スプマンテが出てきて、皆グラスについで12時になるのを待ちます。
「ガラ−ン、ゴローン!」と教会の鐘が鳴り、いよいよ12時、2003年に突入です!
「アウグーリー!」と言い合いながら皆で乾杯です。
レストランにある大きなTVでも新年のお祝が賑やかに行われています。外の広場にはもう沢山の人が出ていて、大音響で音楽が流れています。
もうお祭り気分最高潮。
見ていると人手がどど−っと別の場所に移っていきます。これから花火が始まるのです。
残念ながら31日は朝から雨が降っており、夜になってもやみませんでしたが、傘をさしている人はあまりいません。ただ、雨の為か、花火がなかなか始まらづ、でも遠くの別の町で上がっている花火を楽しんでいるうちに、私達がいる町でも始まりました。
新聞には30分の花火、と書いてありましたが、なんと休憩なしにどんどん上がり、結局10分くらいで終わってしまいました。日本の花火を知っている私にはちょっと物足らないものがありましたが、それでも夜空に上がる花火はとても綺麗で、皆満足したようです。私は花火が大好きです。
その後又広場に戻り、舞台の上で繰り広がれるコミックで皆笑った後、若い男女の歌と踊りに合わせて踊り始めます。もう傘なんて持っていたら踊れないので、皆、雨の中です。
私も久しぶりに踊れて最高の気分。私は踊りと言う踊りが大好きで、インドの踊りから、フラメンコ、ジャズダンス、クラシック、アフリカンダンス、タップダンス、等など、もう見ているだけでからだが浮いてくるのですが、勿論私は習った事がないので踊れません。でも、デイスコダンスだけは決まった形なんてありませんので、好きに踊れます。
だから私は体全体で踊ります。手も振り回すし、ジャンプするし、頭も振りまわし、勿論腰も振ります。私の回りにいる人はちょっと迷惑するかもしれませんが、私は気にしないのです。そうやって踊った後は最高の気分です。
そうやっている内に朝の4時にはお開きになってしまいました。
そこで私達は次の町、ヴォルテ−ラへと車を走らせたのです。そこでは朝の5時まで音楽をやっていると言う事で、ヴォルテ−ラの石畳を広場へと向かって歩いていきました。
広場に近づくとものすごい音楽が聞こえてきました。
私達は、「やってる、やってるー」と大喜びで、広場に設置されている大きな大きなテントの中へ入っていきました。
うわ−、中はものすごい人です。そして皆踊っているのです。
ライブミュージックで最高の雰囲気。私達の男性友達二人ほどが、もう踊れないと言うので彼等にコートやバッグを預け、私達は踊りの輪の中へ入っていきました。ものすごい熱気です。テントなので寒くなく、若い女性達はもうセクシーな服装で一杯です。男性だって勿論負けていません。イタリアの男性はおしゃれが上手い。恥ずかしがらづにおしゃれをするからかっこいいです。雑誌に載っているモデルみたい。
とそこでも音楽が止むまできっちり踊り、そして少し名残惜しそうに私達はゆっくりと家に向かったのです。
ベッドに入ったのが7時頃でしたが、私は久しぶりに踊ったのでまだ興奮していてなかなか寝つかれなかったのでした。 |