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1月11日
霧のような雨が降る湿っぽい日々が続いたトスカーナですが、今は重く垂れ込めていた雲がすっかり何処かへ行ってしまい、久しぶりの太陽が照り始めました。
午後からのトスカーナの風景は、まるで絵葉書です。
目の前に広がる大きな、なだらかな緑の丘に少しづつ傾き始めた太陽の光が柔らかく輝き、その上に建つ一軒家や糸杉に長い影を作ります。
そしてその風景全体が、時間が経つほどに濃いオレンジ色の光に包まれるのです。
全てが眠りから覚め始める朝のまぶしい光でもなく、行動が一番激しくなる日中の白い光でもなく、1日のやるべき事が終わって、ほっと自分の場所に戻りリラックスするときの光、とでも言うのでしょうか。
写真を撮るにはこの時間が一番素敵、とも言われます。
目と心を奪われる光です。
今日は、私の主人、ジョン・クロードについて少し書いてください、と言うメールを頂きましたので、書くことにしましょう。
彼はフランス人。パリから200kmほど南に下がった所にある、かなり大きな町トゥールで生まれました。
そこは、ロワール川の畔にあり、ご存知でしょうか、その川の両岸には沢山のお城が並びます。
彼のご両親を訪問する度に、いろんなお城を巡り歩くのが楽しみになっています。
トゥールの町の人々は、フランスの中でも一番綺麗なフランス語を話すことで有名です。ジョンはそんなことは、まったく自慢にしませんが、フランス語を勉強する私にはもってこいでした。
ただ、彼はフランス語のほかに4ヶ国語を流暢に話しますが、彼の発音はどの言葉でも少々フランス語に訛っており、彼がフランス人だということはいっぺんで分かってしまうほどです。
フランス人は総体的に、フランス語しか話さない、というちょっと鼻が高い所がありますが(ジョン・クロードは違いますが)、その為、舌が完全にフランス語用に凝り固まっているのではないかと私は想像しています。
今の彼は去年の夏に坊主頭にしたため、かなり短い髪型ですが、その前までは耳の下まで来る長髪で、ロマンチックな雰囲気が漂っていました。
まあ言えば、フランス人っぽいというか。
20年前、私が彼に出会ったのはドイツのベルリンですが、そのときの彼は長髪に髭面でした。
70年代は彼もちゃんとヒッピーだったそうで、その頃の髪は背中まであったとか。
当時の彼はエコロジーの大事さを声にし、友達と共同でオーガニックの小麦粉を購入し、一緒にパンを作ったり、新鮮なミルクを農家から買い、自分達でパターを作ったりと、今で言えばスローフードのはしりをやっていたようです。
その時から彼はベジタリアンになりました。
私も彼と出会う少し前からベジタリアンでしたので、彼がソムリエの学校へ行くことになった2年前までは、私達の家では肉なし、魚なしの生活でした。
ソムリエになるのに、肉は食べないからそれに合うワインは分かりません、とは言えませんので、それで少しづつ肉を食べるようになったわけです。
ただ今でも、家では肉や魚を食べることはあまりありません。
肉、魚は外に出たとき、レストランに行った時に楽しむようにしています。
さて、ヒッピーが流行った70年代、彼の世界旅行が始まりました。行った国は沢山。
先ず、カナダ、アメリカ、メキシコ、グアテマラを1年かけて旅行。
一時帰国し、その後、スペイン、モロッコを6ヶ月で。
その後又、カナダ、アメリカ旅行。
アメリカはバスで合計3度横断し、カナダも2度横断したそうです。
殆どの旅行はヒッチハイク。
途中、ヨーロッパの各国にはちょこちょこと行っています。
それからインド。インドは私もその後同行し、行く度に半年から1年滞在していました。行った回数は4回。
私が彼と知り合った当時、夜になると彼の冒険旅行談を聴いていました。
例えば、カナダでは果物の採集のアルバイトをしてお金を稼いだそうですが、そのとき山にある小さな小屋に一人で住み、夜は満天の星を見ながらギターをつま弾き、自分で歌を作っては歌っていたそうです。あの時のことは決して忘れないと言っています。それは素晴らしい経験だったそうです。
アメリカではインディアンの酋長にも会い、「little
deer, 小さな鹿」という名前をもらったとか。
モロッコ人はとても親切で、本当に親切にされたけど、やはり最後は騙されてお金を取られたこと。でも、怒りはまったくわかなかったこと。
インドでもお金がなくなり、公園で寝たいたら、盗賊がやってきて、「金を出せ!」と言われたそうで、「金なんてないよ、あったらこんな所に寝てないよ」と言ったら、盗賊はそのまま行ってしまった、等など。
私の経験できる範囲ではない冒険談で、夜になると、さあ、続きを話して、と彼に催促したものです。
と同時に、その時期、彼が付き合ったガールフレンドの様子も聞いたことがあります。
「先ずはね・・・」と最初のガールフレンドから話してくれました。
「次は?」「次はえーっと・・・」といくらでも出て来ます。
あまりに沢山いたので、一晩では訊ききれず、これも夜になると「じゃあ、あの彼女のあとは誰・・?」と楽しく訊いたものです。
ざっと数えると50人以上、もっといたかもとか。なんと・・!
彼が私と知り合ってからは、お互い相性がいいのでずっと一緒。
一緒にいるということは好きだから、好きでなくなれば一緒にいない、と彼は言います。
ごもっとも。
彼は心の優しい人で、人それぞれの気持ち、考えを尊重し、人に接する態度もとても素直なので、男女にかかわらず、彼に好意を持つ人は多いのです。
牡羊座生まれの、(心はとっても優しいけれど)回りを余り見ずに突っ走る性分の私には見習う所が沢山あります。
今の彼は髪も短くし、髭も3年前にそってしまいました。
私が彼と出会ってから髭のない顔を見たのは、この時が初めてでした。
ただし、歳をとったら髭は伸ばし放題にするんだ、と今から言っていますが。
スイスでは二人とも銀行勤めでしたが、こちらトスカーナへやってきてからは、何か自分達でしたい、という希望で、私はガイドのお仕事を偶然することになり、彼は昔から強かったコンピューターを利用した仕事を始めました。
まず、彼はウェッブマスターであります。
ホテル、レストラン、お店等のサイトを作成します。殆ど4各国語で。
それ以外に、自分でトスカーナ内の不動産のサイト、www.immobiliare-valdicecina.com
それからホテル、アグリツーリズモのサイトを作成し、
www.hotels-agriturismo-travel.com
すでに沢山のリクエストがありました。
リクエストは各国からあり、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人、オランダ人、ベルギー人、など等・・・。
リクエストの殆どはメールですが、電話でもあり、その応対、返事は、電話をかけてきた人の国の言葉で出来るところがいいところです。
彼に驚かされるのがメールです。返事を英語、ドイツ語、イタリア語で完璧に書きます。
ジョンは元々記憶力がいいのですが、ここまで言葉が出来るなんて、うらやましい限りです。
やはり、アルファベットで生まれてきた人と、漢字やひらがなで生活してきた人とは違うのでしょう、と思うのは、ブロークン言葉しか話さない私だけでしょうか。
ちなみに、私達の周りにはドイツ人、スイス人の友達が幾人か住んでいるのですが、それぞれの友達で話す言葉が違います。
ある友達カップルとはドイツ語で話し、別のカップルとはフランス語で、別のカップルとは英語で、そして勿論イタリア人とはイタリア語で話します。
日常、自然に外国語のブラシアップが出来て、いいことです。
さて、ジョンは大の音楽好きでもあります。
ジャンルは幅広く、TVで見るのでしょう、若いミュージシャンもよく知っており、こちらのティーンエイジャーとも話があいます。
昔からギターを自己流で習い、歌を歌っていたようですが、人の歌を真似るのは大嫌いで、全部自分で作詞作曲します。
スイスにいた時は、シンセサイザー、ドラムマシン、ミキシングマシン、それこそ音楽を作るのに必要な機械を全てそろえ、作詞作曲しては、録音し、私も一緒に歌を吹き込んだ事があります。そうして作ったカセットが5〜6個、CD1枚。
マイクなどマイケル・ジャクソンが使っているものと同じだそうで、1本9万円もするものを買ってきたときにはさすがビックリしました。
今は、その機械たちを広げる部屋がなく、かわいそうに全部箱に入ったままです。いつかまた音楽がやれるといいですね。
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