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9月6日
8月末から忙しくて、先週はトスカーナ日記が抜けてしまいました。
今週も昨日までガイドをしていましたので日記が遅れましたが、頑張って書き始めます。
といいながら、朝から溜まっていたメールのお返事を先に書き、今は夕方5時。
キッチンには熟したトマトがたくさん積んであり、それを加工して瓶詰めにしたいところですが、まあそれは明日に回しましょう。
居間には乾いた洗濯物が山とあり、アイロン掛けして片付けたい所ですが、それも明日に回しましょう。
先ずはトスカーナ日記です。
これさえ終われば、今週中にもう一度くらい海にいけるかな、と思っているのですが・・?
さて8月の末は、日本の熊本大学大学院の地圏情報工学研究室というところで博士になるべく勉強をされている、地熱に興味をお持ちの久史さんがいらっしゃいました。
私の住んでいるポマランチェには地熱(蒸気)を利用した地熱発電所があり、トスカーナの25%の電気をここでまかなっています。
トスカーナには温泉が多いことをご存知の方もいらっしゃると思いますが、ここではその自然のエネルギーを利用して電気を起こしているのです。
日本でもこの場所は知られているようで、私のサイトでポマランチェという名を見つけられた久史さんは、フィレンツェで国際学会に参加されたついでにこちらへやってこられました。
100年前にフランス人のラルデレルという人がここに地熱があることを発見し、1904年、イタリア人のジノリーコンティ氏がそれを利用して初めて5個の電球を灯しました。
今年はその100年目に当たり、その記念祭をTVでも放送していました。
私の日記にも時々出てくる大家さんちのご主人ダンテはこの地熱発電所のエンジニアで、今はサン・サルバドールに地熱が見つかったため、イタリアと南アメリカの往復を繰り返しています。
地熱の発見者ラルデレル氏の名をとって、最初の発電所のある場所をラルデレッロと名づけ、ラルデレル氏はその場所に働く人のためのアパートを作り、更に住む人たちの便宜のため、店、レストラン、学校、劇場、映画館、教会、銀行などを用意し、完全なひとつの町に作り上げました。
ここには私の住む町にはないプールまで備わっているのです。
ラルデレッロは私の町から車で約15分ほどの所にあり、私の家の窓から蒸気を冷却する煙突が見えます。
時々、温泉独特の硫黄のにおいも風の向き具合でして来ます。
私には懐かしいにおいです。
ちなみに、私の住んでいる町ポマランチェにはラルデレル氏のお屋敷がまだ残っており、ラルデレル氏の家族は住んでいませんが、部屋を仕切ってアパートやオフィスになっています。
大家さんちのおばあちゃんがこの屋敷の中にあるアパートを買って住んでいるのですが、彼女の寝室の天井には素敵なフレスコ画がまだ残っています。
その横の不動産屋となっているアパートには天井は勿論壁にもフレスコ画がいっぱいで、さすが昔はお屋敷だった所です。
久史さんとは地熱発電所のセントラルは訪問できませんでしたが、ここにある博物館をみて周ることになりました。
博物館には100年前の地下を掘り下げる機械などが並び、その当時の仕事の模様も垣間見られます。
地熱で電気を作るだけではなく、自然な産物を利用して薬品なども作っていたようで興味深いものです。
見始めたところで、少し離れた場所にある蒸気の噴射を見に行かないかと案内係に誘われ、一時博物館を後にすることになりました。
私たち以外にも蒸気の噴射を見に行く旅行者がおり、それぞれ自分達の車で責任者の後を追います。
ほんの5・6分離れた所にその蒸気噴射場はありました。
ここは既に使っていない場所ですが、でもここで湧き出るような蒸気を利用して電気を起こしているわけです。
蒸気が出るときにはかなりの騒音がありますから耳を塞いでいるように、と係員に言われ、みんな手で耳を押さえました。
少しづつ蒸気が出てきましたが、最初からかなりの騒音で、私は手を耳から離すことが出来ず、ジョン・クロードにカメラを渡してしまいました。そして騒音は更に大きくなり、彼も写真どころではなくなっていました。
もう利用していない、言えば旅行者向けの蒸気噴射場ですが、それでもものすごいエネルギーです。
実際に電気を起こすために使っているエネルギーはどれだけ大きいのか・・・。
しばらく自然の力を見せられた後、再び博物館に戻り、その後工場地帯も少し歩いて見学していきました。
博物館の外には、私が九州の別府で見たような、75度のお湯が湧く自然な池(?)もあり、日本だったらすぐにここでゆで卵を作って旅行者に売るだろうなあ、なんて懐かしく思ったりもしました。
昼食はラルデレッロにあるセルフサービスでした。
ここはラルデレッロで働いている人達が食事に来る所で、料金がとても安く、そして一般の人達も利用出きるのです。
ラルデレッロの町には本当に何でもそろっているのですが、やはり機械化が進み、人員が削られたことでここに住む人が少なくなり、アパートも空き室がたくさんあります。その為か、このレストランもかなり空いていました。
このままこの小さな町を朽ちさせるのはもったいないことです。
電気会社はこれからも新しい試みを計画しており、まだまだこの先発展していくようですから、このラルデレッロの町も昔のように華やかに盛り返して欲しい所です。
地熱発電所を見学した後の久史さんの感想は、発電所がなだらかな丘の上にあり、そしてラルデレッロの町がそのすぐ近くにあるのに先ず驚かれたそうです。
日本では、地熱発電所は山の奥にあり、その周りは自然公園になったりしていて人が住むことはないとか。
または温泉地がすぐにできるともおっしゃっていました。
そういう点で日本とイタリアでは地形も違うようで、かなり興味深かったようです。
このときの訪問を、彼は彼のサイトで報告されるそうですから、その時は皆様にも彼のサイトアドレスをお知らせすることにしましょう。
さて、話はまったく変わりますが、以前日記に書いた子馬のことを覚えていらっしゃるでしょうか。
お母さん馬から遠く離されて馬小屋に入れられていた子馬が、お母さんを慕って3度も逃げ出した話を書きました。
その後、あの子馬はどうなったのですか?というお問い合わせが数回ありましたので、今日は皆様にも子馬の近況をお知らせすることにしましょう。
実は3度逃げ出した子馬は、あれから数週間、再び暗い馬小屋に閉じ込められていましたが、その後ヴォルテーラの麓にあるアグリツーリズモに貰われていき、今は大きな平野にのびのびと幸せに暮らしています。
お母さん馬は一緒にいませんが、でもアグリツーリズモの人達が世話を焼き、更にアグリツーリズモの宿泊客達が子馬に声をかけてくれますので、寂しい思いはもうしていないようです。
その証拠に、この間わたしが見たときは、子馬の毛並みがそれはつやつやとしていて、依然見た同じ子馬だとは信じがたいほどでした。
心が穏やかになると毛並みまで変わるとは、人間と同じです。
ということで、子馬は幸せに暮らしていますのでご安心を。
来年当たり、アグリツーリズモにやってくる子供達を背中に乗せて喜ばせてくれるようです。
よかった、よかった。
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