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8月10日
今、家の菜園ではトマトが沢山採れています。
3種類ほどのトマトが毎日カゴ一杯に採れるので昼に夜にトマトを食べています。
トマトを沢山食べると冬に風邪を引かないと言われるので喜んで沢山食べていますが、それでも追いつきません。
大家さんちに上げたり知り合いに上げたり。
それでも食べきれず、昨日トマトの瓶詰めを作りました。
トマトの保存方法はいろいろあり、生のトマトの感触をそのまま残す方法や、トマトソースにしてしまって残す方法など、各国で作り方が違っていたりして、これから各種試してみようと思っています。
それにしても採れたてのトマトのなんと美味しいこと。
あの甘みは、太陽を一杯浴びたトマトでしか味わうことができません。
さて、夏は各地でコンサートや催しものがあります。
私たちも「夏だー、お祭りだー!」と少々浮かれた気分で出かけたりしています。
又、知り合い達も夏休みなどで時間があり、昼食会や夕食会が自宅やレストランで頻繁に開かれているこの頃です。
涼しくなった夕暮れ時、庭で友達とわいわい食べる食事は又格別なのです。
昨日もスイスから友達がやってきて、昼食は私の家で、夕食はレストランで楽しんだのですが、3年ぶりに会う友達と大いに盛り上がりました。
そんなこんなで、夏はなんとなく夏休み気分でいる私です。
つい先日は、3000年の歴史のある隣街ヴォルテーラで「白夜」が初めてありました。
「白夜」とは夜になってもお店やレストラン、バーなどが閉まらず、朝まで街を楽しめるというものです。
覚えていますか、数年前にローマで「白夜」があった時、急に大停電となってしまったことを・・・?
ヴォルテーラではこの年が初めての試みでしたので、レストランやブティックなどは朝2時頃には閉まってしまいましたが、バーはそれこそ夜を楽しむ人たちのたまり場となり、朝方までわいわいと騒いでいたようです。
私たちも涼しくなった夕暮れ時に行き、遅くまで開いているブティックで買い物をしたり、知り合いのいるレストランでおしゃべりをしたり、又特別な機会にしかオープンしていない個人所有の宮殿などを楽しんできました。
この夜は全ての美術館が無料になります。
中でも、日本からのお客様をよくご案内するエノテカがそれは盛り上がっていたのです。
ご存知のように、イタリアは今、公共の場ではたばこは吸えなくなりました。
レストラン、バー、そしてオフィスなどもそうです。
それで、このエノテカでは「白夜」の夜は全テーブルと椅子を外に出してしまい、お客であろうがなかろうが、エノテカの前でわいわいとやっていたのです。
私たちが行ったときは、アコーディオンを弾く人がおり、それにあわせて地元の人たちが歌を歌ったりダンスをしたりとかなり騒いでおりました。
風船でいろんな形を作って子供を楽しませているピエロがいて、白夜は大人だけのものではないのです。
わいわいとやっている側のテーブルではお客が静かにワインとサラミ、チーズを楽しんでいました。
小さなエノテカですから、全テーブルと椅子と言っても数が知れています。
私たちが行ったときにはもう椅子など空いておらず、仕方がないので地べた座りです。
地べたに座り込んだのは何年ぶりのことでしょう。
何となくワイルドになったようで楽しさが増します。
全く知らない人たちと話が弾んだりして、こんな夜もたまにはいいものです。
後日聞いたところでは、このエノテカはしっかりと朝方まで騒いでいたそうです。
同じヴォルテーラで今夜からジャズコンサートが開かれます。
行ってみようかな・・・。
さて、先日の話しになりますが、盲目のイタリアオペラ歌手アンドレア・ボチェッリの故郷ラヤティコで招待客だけの夕食会があり、そこにアンドレア・ボチェッリ自身もやってきて、私はラッキーなことに彼を見るチャンスに恵まれました。
ラヤティコにある劇場を改築したのですが、そこを「静寂の劇場」と名付け、アンドレア・ボチェッリがそこの名誉会長となったのです。
で、その日は記者会見があり、夜から記念パーティーとなり、そしてもちろんアンドレア・ボチェッリもその場に登場しました。
招待客だけの夕食ですから私が行けるはずもないのですが、ラッキーなことに300名ほどの夕食会でワインをサービスする20名のソムリエの一人としてジャン・クロードにもお声がかかったのです。
最初はソムリエの同伴は駄目となっていたので諦めていたのですが、前日に電話が入り、私も一緒に来ることが許されました。
夕食なんて食べられなくても、彼さえ見ることが出来れば本望だと思って行ってきました。
夕食会ですから、私も一応黒のドレスに身を包んで行ったのですが、これが正解でした。
小さなラヤティコの町の中心部にある広場にテーブルがお花のようにセッティングされ、椅子にもカバーが掛かっています。
招待客の女性達は黒を中心にした正装でしゃなり、しゃなりと歩いていて、まるでファッションショーのように小さな街が華やいでいました。
広場にはライトアップがされていて、「静寂の劇場」記念パーティーですから、周りが劇場のようにデコレーションされており、さすがアンドレア・ボチェッリが絡んでいるパーティーです。
さて、この夕食会のある広場は招待客でないと入れなくなっており、その為街の人たちは周りから中の様子をうかがっているのですが、私はソムリエの人たちと一緒に入っていきましたので、一人悠々と夕食会前の広場の写真を撮りまくる事が出来ました。
その時つくづく正装していて良かったなあ、と思ったのです。
とにかく、携帯電話と書類を抱えたオルガナイザーの女性もちゃんとドレスアップしていたのですから。
そこに黒のドレスを着た私が写真を撮りまくっていても誰もとがめる人はいないのです。
私は知りませんでしたが、TVに出ている“有名な人”も沢山来ていたようです。
私が広場の写真を撮っているときに、突然アンドレア・ボチェッリがやってきました。
数名のカメラマン達がシャッターをバチバチ押しながら彼の周りを取り囲んでいます。
インタビューを受けるために広場にやってきたようです。
アンドレア・ボチェッリは思ったよりも背が高く、すらりとしています。
背筋がすっと伸びていて舞台に立っているときと同じです。
紺地にアジアっぽい絵柄の入ったアロハシャツにジーンズをはいていました。
後ろから見ると目が見えない人とは信じられないくらい動作がスムーズです。
表情がいつも穏やかで気さくな男性。
彼は私の直ぐ目の前に座りました。
この時とばかり、私もカメラマンに混じって写真を撮りまくりです。
こんなに気分のいいことはありません。
そんなことをしている間に、ワインを作っているアンドレア・ボチェッリの弟も出てきました。
彼には数年前に日本からのお客様と一緒にワイン購入でお会いしており、お互い目でご挨拶です。
出来ればアンドレア・ボチェッリと記念写真が撮りたかったのですが、今回は300名の招待客に押されてしまいました。
又機会があるでしょう。
彼が名誉会長となった「静寂の劇場」は1年の内364日間は全く使用せず(静寂に保つのです)、1日だけコンサートなどが開かれるというもので、その時には勿論アンドレア・ボチェッリも出演することでしょう。
これを機会に彼は彼の市民権をモンテカルロからラヤティコに移しているのです。
きっと会えるチャンスも増えるはずです。
夕食会の最後に彼は自分でピアノを弾きながら歌を披露してくれました。
ライブの声は更に心に響きます。
彼の歌と共に色とりどりの紙吹雪が広場を囲んだ建物の窓から舞い、テーブルに座っている人々を驚かせてくれました。
素晴らしい演出でした。 ***********************
♪コンサートのお知らせです♪
2月にヴィアレッジョのカーニバルにご一緒した増子登さんもオルガナイザーの一人として準備を進めていたコンサートのチケット販売がいよいよ始まりました。
9月の空の下、屋外コンサートを楽しまれてはいかがでしょうか。
「ハイドパーク、ミュージックフェスティバル」
1970年代のアメリカンロック、フォークを緑の芝の上でその当時の空気間を味わって楽しもうというベネフィットのコンサートで、狭山、入間市はその昔多くのミュージシャンがそのライフスタイルを楽しみつつ住んでいた文化があり、その文化も継承しつつ音楽とあわせて楽しみたいと考えています。地元市民の手作りのフェスティバルです。
なお、当日は美味しいアウトドアランチもいろいろ出店する予定で、素敵な音楽を聴きながら美味しい食べ物、飲み物を楽しんでもらおうと思っています。
開催日は9月3日(土)4日(日)で1時から9時まで西武池袋線稲荷山公園駅前のハイドパークで行われます。
詳しいことはこちらでご覧ください。
http://www.hmf-sayama.jp |