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3月04日
我が家のオフィスにしている部屋の窓からアーモンドの木が1本見えます。
その木がこの間まで桜によく似た花を咲かせていたのですが、今日すっかり新緑に覆われているのを発見し、「はっ!」と軽い驚き。
春と言うより初夏を思い出させます。
2月最後の日、10日付けの日記で書いた「イタリア人シェフと日本人シェフの合作」の日本人シェフ、永松シェフがトスカーナへ戻っていらっしゃいました。
私の街のアグリツーリズモを出た後は、それまでご一緒だった方達を空港にお送りし、その後別のグループと合流、更にその後は又別の方とご一緒だったとかで、日本のレストランをお休みの間はゆっくりとイタリアを回っていらっしゃるのかと思っていましたら、なんのなんの、毎年活動的にイタリアを飛び回っていらっしゃるようです。
私の街のアグリツーリズモに戻ってこられた松永シェフは奥様の清香さんと東京のイタリアレストラン「アルポルト」の息子さんで今イタリア料理を勉強に来られている宏之さんとご一緒でした。
永松シェフがトスカーナの片田舎にある小さなアグリツーリズモに奥様を伴って戻ってこられた理由は永松シェフに訊いて頂くとして、彼がここの環境を気に入られたことは確かです。
そしてアグリツーリズモのオーナー、フランチェスコとも永松シェフはとても気があったようです。
ところでこのアグリツーリズモ、200mほど離れた所に新しくB&Bをオープンします。
この建物は以前ドイツ人画家が住んでいたところで、絵画教室件ホテルとして使われていたようですが、去年その画家が亡くなってしまい売りに出されたのだそうです。
それをフランチェスコが買い取ったという次第。
ホテルでしたから、建物の中にある7室ほどにはシンプルですがアンティーク風の家具が入り、バスルームも各部屋に設備されています。
小高い丘の上に建つ建物の前方にはトスカーナ風景が広がり、左遠くには海、右遠くにはヴォルテッラの街、更に遠くには白く雪を被ったトスカーナのアルプスが眺められます。
B&Bは早速この春からオープンです。
アグリツーリズモについては改めてトスカーナ日記でご紹介いたします。
久しぶりに永松シェフと奥様、そしてシェフを目指している若い宏之さんにお会いできた私達は早速、到着された日の夕食からご一緒しました。
最初の晩はフランチェスコのアグリツーリズモで奥さんのナディアの手料理。
ナディアは勿論、フランチェスコも加わり、和気あいあいで話が弾みました。
2日目の午後は私の家にも来て頂きました。
家の前に広がるオリーブ畑や飼っている鶏、羊たちを観て頂きたかったのです。
その後は我家で一服です。
永松シェフはご自分のラップトップを持ってこられてしばらく出来なかったメールチェック。
私はハーブティーを煎れました。
実はこの夜はフィオレンティーナを食べる予定で、みんなそれに向けてほとんど何も食べていなかったのです。
空の胃にハーブティーが美味しかったこと。
お茶を飲んでいる場を利用して、私は永松シェフと将来のシェフ宏之さんにインタビューをさせて頂きました。
永松シェフに関してはこれをお読みの方の方がよくご存知かと思いますが、TVの「料理の鉄人」にも出られたとうかがって私は又驚いてしまいました。
「料理の鉄人」の番組は私が日本を出てから始まったもので、私は観たことがないのですが、でも噂には聞いたことがあります。
目の前に出された材料で臨機応変に美味しい物を造って鉄人と対戦するわけですが、その材料などは撮影前にテレビ局の人から教えて貰うのですか?とお訊きしたら、それは全くなく、ぶっつけ本番だそうです。
これは大変。
永松シェフと宏之さんにお話をお聞きしていると、お二人の料理に対する情熱が伝わってきます。
料理人を目指した理由は、永松シェフは若い頃アルバイトをしていた寿司屋の親父さんに「おまえ、料理人の素質があるよ」と言われて東京に出たのが始まりで、その後一人で 渡伊。
24歳の宏之さんは小さい頃からレストランを経営されるお父様の背中を見ながら育ち、去年の10月、ピエモンテ州にあるICT料理学校のロズミーニ校に入学されています。
それぞれ出発点は違いますが、イタリアにいらしてからのお二人の行動が同じなのが面白いのです。
お二人とも、とにかく美味しいレストランを目指して食べ歩く。
そして美味しいレストランに巡り会うと、そこで働かせてくれと談判するというのです。
永松シェフがまだイタリアを縦断中、ある美味しいレストランに出会い、是非ここで働かせてくれと頼んでみたものの向こうからの返事は「No!」。
それにめげる永松シェフではなく、なんと1週間もそこに通い続けて、「何だ、おまえ又来たのか!」とレストランのシェフに呆れられ、とうとう働くことが出来たということもあったそうです。
同じように、まだイタリア語を勉強し始めたばかりの宏之さんでさえレストランを食べ歩いて気に入ったところがあれば、直接オーナーに働かせてくれと談判しているというのです。
こうやってナポリでは1ヶ月ほどピッツエリーアで働いたそうです。
言葉がうまくできなくても情熱で相手を信頼させる。
お若いのに料理に対するこの姿勢には感心させられます。
そしてこの情熱で宏之さんは4月から10月まで、あるレストランで修業することが決まったそうです。
まだ若くて少年のような繊細さが残る宏之さんですが、永松シェフのようにこれからどんどん大きく成長していくことでしょう。
楽しみです。頑張ってください。
最後に、お二人が推薦するレストランは何処ですか?と訊いてみました。
お二人ともミラノにある「Antica Osteria del Ponte」とお答えでした。
ミラノに行かれる方、探してみてください。
ここで、2日目の夜食べたフィオレンティーナについて少し。
この夜アグリツーリズモでは食事が出来ないと言うことで、フランチェスコは私たちのためにわざわざ料理上手な女性を見つけてくれました。
そして食事はB&Bのあるほうで。
夜8時近くに行ってみると、外ではグリルの火が赤々と燃えていました。
私たちに料理を作ってくれたのはごく普通のマンマでしたが、彼女の作ったミネストローネがそれは美味しくて、みんなおかわりをしてしまったほどです。
さあ、いよいよフィオレンティーナ。
グリルも先ほどのマンマがするのかと思っていたら、なんと永松シェフがするとおっしゃってくださり、その日朝市で買われたアスパラガスもグリルにしようと持ってこられました。
先ずはアスパラガスの袴を取るところから始まって、さすが日本人と感心。
アスパラガスのグリルは私を含め他のイタリア人達も初めてで興味津々だったのですが、これが甘くて美味しくてみんな驚いてしまいました。
清香さんがおっしゃるには野菜をグリルすると水分が抜けて旨みだけが中に残るからだとか。なるほど。
フィオレンティーナの焼け具合もよろしく、それではワインはオルネライヤでしょうとジョン・クロードが提供し、フランチェスコも交えてみんなでわいわい楽しく最後の晩餐会を過ごしました。
ほんの数日でしたが永松シェフとご一緒し、彼がイタリア人シェフにも負けないほど素晴らしいシェフだと言うことが良く分かりました。
彼のさらなるご活躍を願って。
ビバ、イタリア! ビバ、ジャポーネ!
昨夜(3月3日)、皆既月食で月が赤くなるのを観測しました。
9時半頃から月に影ができはじめ、12時に本当に赤くなりました。
自分の住んでいる地球が月に影を落としているなんて、なんだか途方もない話しです。 |