ホーム    日本便り    プロファイル

バスのアナウンス

鉄道の駅まで私は京阪バスに乗ります。バスに乗り慣れていらっしゃる方はご存知だと思いますが、バスの中ではひっきりなしに女性の声でアナウンスが流れています。

「ドアが閉まります、ご注意ください」「左に曲がります、ご注意ください」「ドアが開いてから席をお立ちください」「社内転倒防止にご協力お願いします」などなど。ヨーロッパではこんなに親切なアナウンスは電車やバスの中では聞くことがないので、日本に来た当時はびっくりしたものです。
その内、「左に曲がります、ご注意ください」が毎回耳にタコができるほど聞かされるようになり、こんなに繰り返し流す必要ある?と少々嫌気がさしていたのですが、
先日、ああ、このアナウンスは必要かな、と思う出来事がありました。

私とジョン・クロードがバスに乗ると、前方の座席が縦一列に並んでいる席で二人の高齢者が話をしていました。
前方に座っている男性は後ろを見るのが身体的に大変なのか、それとも他の理由があるのか、後ろから話しかける男性を全く見ようとせず、うんうん、と答えるのみ。後ろに座っている男性は、前の男性の背中に一生懸命話しかけています。
なんだか、社長と部長のような按配だなと思って見ていた私。
そのうち、社長の降りる駅に近づいたようで、駅名のアナウンスがあり、同時に「ドアが開くまで席をお立ちにならないでください」のアナウンスがありました。ところがこの社長、どういうわけか駅に着く前にフラフラと立ち上がり、バスが到着しようとブレーキを踏んだところでグラッと体が傾いて、もう少しで転倒しそうになったのです。危ないなぁ〜、と私も思ったのですが、ここで運転手さん(30代〜40代?)の大きな声が響きました。

「お父さん!(ここで私はジョン・クロードと目を合わす)、ドアが開くまで絶対に席を立たないでください。とっても危険です。他の乗客の皆さんにも迷惑をかけますから。これからは絶対にこういうことはやめてください。いいですか!」少し怒っているような、でもかつ丁寧な運転手さんの声がバスの中に響きました。
バスの中はシーンと静まり返りました。そしてこの叱られた社長は一言も言葉を発せずにバスを降りて行きました。
日本でこんなにしっかりと乗客を叱れる運転手さんが他にいるかしら、となんだか嬉しくなりました。
と同時に、全く他人の男性を「お父さん」と呼ぶ日本の習慣が面白いと思ったのです。若い男性だったらなんと呼びかけるのかしら?「お兄さん!」かな?

とにかく、大声で注意ができる運転手さんの勇気と、他人の男性を「お父さん」と呼びかける日本のシステムにびっくりやら楽しいやらで、私とジョン・クロードは運転手さんに叱られないように声を殺して笑いあったのでした。バスを降りてからもなんだかとっても清々しい気持ちになった夕暮れでした。